・Kさん(32歳男性)の債務整理の体験談レポートです。

私は32歳の既婚者です。ちなみにバツイチ。
私は17歳で初めて消費者金融で融資を受けました。
最初は銀行にお金があるかのごとく、湯水のようにお金を使っていました。
すべて私の自己満足の為にです。

20歳、私が契約していた消費者金融は2つから6つになりました。
つねに「なんとかなるだろう」という気持ちでした。
パチンコ、キャバクラ、たくさんの娯楽にサラ金のお金は消えていきます。
総額400万円位の借金です。

ジャンプ(利息だけを支払うこと)を繰り返し、いつになれば元金を入金できるかわからないような状態でした。
未来も全く見えない毎日でした。楽しければOK。そんな日々を過ごしていました。

ちょうどそのころ付き合っていた女性と初めての結婚をしました。
3歳年上の女性でした。彼女は金銭感覚がどうこうというより、もともと対人関係があまり上手ではないため、仕事を転々としていました。
私のサラ金はそのころから徐々に使用用途が変わってきました。
アパート代が足りないから借りる。食費が足りないから借りる。
まったく楽しさとは無縁のサラ金生活です。

当時の給料は手取りで18万程度。そのころジャンプ代だけで月60000円ほど支払っていました。
それでも12万程が手元に。

家賃、光熱費、携帯を支払うと、手元には50000円程度しか残りません。
もちろん貯金なんてできるはずもありませんでした。

私は仕事を変え、工事現場の仕事を始めます。手取りで25万円。
しかし付き合いで外で食事することが多く、帰りはいつも22:00過ぎ。夫婦間の関係は冷め切っていました。
なんで俺がここまで働いているのに、夫婦関係が冷めなくちゃいけないんだろうと思っていました。

ある夏の日、マンホールの中の現場で私は倒れました。熱中症です。
もともとそんなにお酒は強い方ではありませんでした。

熱中症と診断されて2,3日会社を休みました。
それから仕事を再開したのですが体の調子は良くなりません。
再度病院で検査を受けました。肝硬変でしたすぐに酒、たばこをやめなさいと言われました。
私は会社にそのことを話しました。社長は気を付けろよとおっしゃってくれましたが、先輩達はそうでありません。
「よし!今日は退院祝いだ!飲みに行くぞ!」
体育会系の先輩の誘いに嫌と言えず、また繰り返し飲み歩いていました。
次の日の朝、私は腹痛で会社を休みました。実際は朝から吐き気と血便で立てるような状態でなかったのです。
私は実家の両親にそのことを話し、会社を辞め実家に帰省しました。Iターンです。
もちろんサラ金の事なんか、家族に話せません。

しかし、仕事もなく免許もない。何もない私には厳しい現実が待っていました。
私は実家の農業を手伝いながら、月60000円の給料を親からもらっていました。
もちろん、すべてジャンプ代で消えていきます。
次第に妻は私が給料をもらっているのに、どこにお金が消えているのかを怪しみます。
私は妻にさえサラ金を隠していました。

その時のがれの嘘で固められていた夫婦生活はすでにこの頃から壊れ初めていたのでしょう。
毎日喧嘩でした。そして私の両親との不和。もはや家族ではなく同居人のような妻。
朝ごはんは一人で食べ、昼は食べず、夕飯も私が帰ってくるのを待って食べる。そんな毎日でした。

私は両親の助けで自動車免許を取りました。
まず仕事を探しにハローワークに初めて行きました。
月手取り120000円のコンビニ(夜勤)を始めます。
夜22:00〜朝8:00まで、慣れるまではとてもきつかったですが、次第に仕事にも慣れました。

そのころから、妻は「子供がほしい」と言い出すようになります。
私の中では「とんでもない!今子供ができたら、サラ金で首が回らなくなるに決まってる!」というのが本音です。
妻は自律神経失調症を患っていました。今でいう「うつ」に近いものだったんでしょう。
私は子作りを選択しました。

そして1か月で妊娠が発覚し、私はコンビニのほかにファーストフードチェーンでの掛け持ちを始めました。

22歳、長女が生まれました。もちろん幸せでした。
しかし、入院先の病院から帰ると私の心は次の月の利息の支払いをどうしようか?いくら手元に残るのか?
そんな心配で、手放しでよろこべない状況でした。
生まれてからもちろん私の稼ぎでは妻と娘を養うことなんてできません。
私は月に2万づつ借りてはジャンプを繰り返し、雪だるま式に借金は膨れ上がりました。

そのころ、掛け持ち先のファーストフードチェーンから「正社員」の打診が来ていました。
私は妻にそのことを話し、正社員としてその会社に勤めることになりました。

それから1か月後、妻にサラ金の事がばれました。
領収証を財布に入れていたのを夜に見られていたそうです。
私は「200万の借金がある。」と告白しました。
実際は600万(8社)だったのに。また嘘で塗り固めたのです。

23歳、妻は娘を連れ実家の東京に帰ります。
「貴方とは暮らせません。もし私たちと暮らしたいなら、東京に来てください。」
そう言い残し東京に帰って行ったのです。当然です。
私は離婚を決意しました。
サラ金の実際の額を伝え、離婚しないと妻にまで支払い義務が残ることを危惧しました。

それから8年、私はサラ金から借りることをやめ、月に10000円の元金を入金することを目標に身を粉にして働きました。
7年目で初めて1社を「完済」します。私は希望が見えてきました。
このペースで行くと、あと2年くらいですべてのサラ金を完済することができると思いました。
しかし、事件は起こってしまいます。

私は交通事故を起こし、わずかな退職金と多額のサラ金が残ってしまったのです。
交通事故の裁判は「執行猶予」がついたのですが、サラ金に関しては自分でまいた種なので「踏み倒し」しかないと考えていました。
しかし、弁護士さんに「執行猶予がついても、踏み倒しで裁判所から強制取り立てが来ると、何もできなくなりますよ。」と教えられます。
私は弁護士さんに何とかならないか相談しました。
弁護士さんは私に収入がないことを踏まえ、「法テラス」での資金援助(弁護士費用)を教えてくれました。

私は弁護士に依頼すると高額な報酬を支払わないと、自己破産や個人再生はできないものだと考えていました。
しかし、実際に話を聞いてみると、弁護士さんは報酬はすべて「法テラス」から支払われること。私自身の支払いも債務にして法テラス自体への支払いも破産という形でチャラにすることなどを教えられました。

また17歳からサラ金を利用していたので多額の過払い金が発生することなどがわかりました。
全てを完済し、わずかに残った70万の借金を自己破産で整理しました。
32歳、初めて真っ白な体になりました。

そして現在、新しい妻を迎え、初めての生活貯金をしています。
もちろん自己破産をしていたこと、交通事故のこと、前の妻の事、すべてを包み隠さず話ました。

これから借りる人、自己破産をする人、立ち直りたいと思っている人に助言します。
「嘘」はすべてを狂わせます。
また、弁護士に相談することは「恥」ではありません。
自己破産、個人再生をするためにはすべてを話すだけでいいんです。
みなさん。真っ白な体って、気持ちいいですよ。